スリランカは難民発生国か 日本国民党政策局長 川東大了
多民族だが落ち着いた島国
先日、私はスリランカを観光旅行して来た。インドの南にある島国だ。インドと百五十キロの海峡を挟んだすぐ近くにある。
スリランカの主な宗教は仏教、ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教で多くの民族がいる。スリランカの面積は六五六一〇平方キロメートルなので、北海道よりやや小さい。そんな島に多宗教・多民族がひしめき合っている国だ。
私はインドにも行った事があったので、スリランカの雰囲気はインドによく似ていると感じた。
スリランカの首都のコロンボに三泊し、主だった観光地は足を運んで観て回った。
インドと雰囲気は似ていても、やはりインドとは別の国であり、インドに比べれば衛生観念も高く、交通渋滞でのクラクションの音も少ない。インドでは外国人観光客と見るや次から次へと言い寄って来る詐欺師や乞食がたくさん現れたが、そんな者達も居ない。
インドとは似ているようで違う国だなと思うところが多くあった。
インドの国民性・民度が「小学生」とするなら、スリランカは「中学生」か「高校生」みたいな感じの、インドがもっと成長して発展したような感じの国に見えた。
スリランカはかつて反政府武装勢力の「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)と政府軍の激しい内戦が続いていたが、それも十六年前の平成二十一年にLTTEが掃討された事で終結を迎えている。
「彼氏が脅された」が難民となるか
スリランカと言えば、名古屋出入国在留管理局で収容中に体調の急変で死亡したスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんの母国である。
彼女は平成二十九年に「日本語学校留学生」として来日して千葉県の日本語学校に通っていたが、やがて学校に通わなくなり、一年後には学費の未納等の理由から除籍され不法滞在になったと報道されている。
ウィシュマさんは来日してから同じスリランカ国籍の男性と出会って、同棲するようになった。「通学」していた日本語学校から遠く離れた静岡県の自動車部品工場で働いていたという。
しかし、その男性からのDVを受けるようになった。これに耐えられなくなったウィシュマさんは令和二年八月に日本の警察に駆け込んだところ、不法滞在が発覚し、名古屋出入国在留管理局に収容される。
その後、帰国(送還)に向けて手続きが進められようとしていたが日本への残留を希望するようになり、難民申請を出したとされる。
その理由は「同棲している彼氏がスリランカで地下組織とトラブルになって脅され、自分の実家にも地下組織の者が来て脅迫し危険を感じた」というもの。
ウィシュマさんがそのスリランカ人の男性と出会って交際・同棲するようになったのは来日後だ。時系列や内容からしても、到底「真実」や「難民」とも言い難い。
彼女の死についてははっきりと解明されていないらしく、本当に何らかの病気で適切な治療をする事で事故を回避出来たのか、それとも詐病の為に意図的に拒食して餓死に近い形で亡くなったのか、真相については私には分からない。
しかし、このウィシュマさんが収容中に出した難民申請については、大きく疑問を感じざるを得ない。
日本は難民条約に加入している為に本当の難民であれば保護する義務があるが、実際に認定される率はかなり低く二%を下回る。
背景として、明らかに難民に該当しない外国人の申請が多い事が指摘されている。
とりあえず「難民申請」を出す事で結果が出るまでの滞在が認められたり、就労が認められたりする点を悪用し、難民を偽装して申請を出す事で強制送還を回避したり、時には時間稼ぎに利用される事例が多々あるようだ。
「ゴネ得」を許すな
かつてフィリピン人のカルデロン一家事件でも在留を求めて問題になった事があった。不法滞在が発覚して素直に国外退去に応じる外国人が多くいるにもかかわらず「子供が日本語しか話せない。子供はフィリピンでは生きていけない」と子供を盾に使って往生際悪くゴネて、特別在留許可を要求していた。
すると、あろうことか申請中に中学生となった女の子に対して特別に在留資格が付与されるにいたった事件だ。
まさに正直者は馬鹿を見る、ゴネ得を体現した前例である。
ウィシュマさんは亡くなっており、亡くなった人間を悪く言いたくはないが、感情論を抜きにして論じないといけない国家の危機管理の話でもある。
日本よりも「自由」を実感する国
私にはウィシュマさんの難民申請については、明らかに難民に該当しない事は承知の上で難民申請を提出する事で得られるメリットがあり、却下される事は当然の事と承知の上で提出されたものではないかと思っていた。
今回、そのスリランカを実際に訪れる事で、その推察をより強くする事になった。
お世辞にもスリランカが裕福な先進国であるようには見えなかった。スリランカ国民一人当たりの国内総生産(GDP)は四五一五米ドル(約六十六万円)だ。
しかし、そこで生活する人々は穏やかに信仰を大切にしながら暮らしており。人々の顔からは貧しくとも幸福に満ちた生活をしているように見えた。
実際に世界幸福度ランキングの「人生の自由度」(「あなた自身の人生における選択の自由について、満足ですか?」という問いに「yes」と答えた人の割合)において、スリランカは世界六十五位で、日本(百三十七位)よりも国民が「自由」を実感している国だ。
現地の学校に通う子供達の姿も見かけたが、皆、笑顔で友達を仲良く会話して楽しそうにしていた。子供たちの笑顔は国の未来を明るく照らし出す光のようなものだ。
少なくとも国民が「難民」として国外に逃げ出さなくてはならないような国には絶対に見えなかった。
「難民申請」は祖国への侮辱行為
実際に日本で難民申請をしている外国人を国別に見ると、スリランカ人が六三三六人で最多だが、その理由は「知人、近隣住民とのトラブル」「本国の治安に対する不安」「夫婦喧嘩」と、およそ難民申請の理由に当てはまらない物ばかりだった事を令和六年五月の産経新聞が報じている。
カルデロン事件の場合だと、彼らは他人のパスポートで不法入国、不法滞在で悪あがきをして祖国フィリピンの名誉を貶めていた訳だが、正直、適当な理由で「祖国はとんでもない国です」といった難民申請を出したウィシュマさんの行動は祖国スリランカに対する大きな侮辱であり、裏切りだったと思う。他の六千人におよぶ「難民申請中」のスリランカ人も同様だ。
日本ではサヨク勢力を筆頭にして、ウィシュマさんに対する同情の声を寄せる者が少なくないようだ。サヨク活動家らも「入管攻撃」の御輿にウィシュマさんを利用しているように見える。
しかし、実際にスリランカを旅した身としては、祖国スリランカを侮辱する難民申請を出した彼女に対して心から同情出来る気持ちにはなれない。

